時事解説

2017年06月13日号

【生涯現役】
まさかの時に頼りになる古畑恒雄弁護士(83)


●「創」
「創」は12日、今西憲之氏が執筆した《異色の「刑務所弁護人」古畑恒雄弁護士の素顔》と題する次の記事を配信した。
古畑恒雄弁護士

ホリエモンらを支えた「刑務所弁護人」

 2013年3月27日、証券取引法違反で逮捕、実刑判決を受け、長野刑務所で服役していた、ライブドアの元社長、ホリエモンこと堀江貴文氏が仮釈放された。
 堀江氏は、長野から東京へ戻ると大勢のメディアを前に記者会見を開き、その模様は「ニコニコ生中継」でライブ放送された。厳しい受刑のためか収監前よりすっかり痩せた堀江氏、自身の著書を前にしゃべりまくる。その横でひっそりと堀江氏を見つめる人物がいた。
 古畑恒雄弁護士(83)。
 検事正、最高検で部長などを歴任し「御前会議」にまで出席した元大物検事、いわゆる「ヤメ検」だ。
 古畑氏は、堀江氏の刑事事件や民事訴訟の裁判、ライブドアなど関連会社にも全く関わっていないにもかかわらず、記者会見では「顧問弁護士」と紹介された。
 いったい何の顧問なのか? 
 堀江氏の実刑判決が確定してから、収監、出所まで陰で支えた「刑務所弁護人」だったのだ。「本当は寄り添い弁護人と呼んでほしいのですが」と本人は苦笑する。
 弁護士の仕事は、一般的に、刑事事件や民事裁判の法廷に立ったり、さまざまなトラブル解決にあたる。だが、「刑務所弁護士」としての古畑氏の仕事は、刑事事件で実刑判決が確定、刑務所に収監される可能性が極めて高い刑事被告人の面倒、世話をすることだ。
 これまで古畑氏が関わった受刑経験者は堀江氏以外に、映画監督の角川春樹氏、「参院のドン」と呼ばれた元参院議員の村上正邦氏、元衆院議員の鈴木宗男氏、山口敏夫氏、格闘技、K‐1の館長として知られる石井和義氏、イトマン事件の伊藤寿永光氏、そして6代目山口組の司忍組長など、そうそうたる顔ぶれだ。
 犯罪者と対峙する関係にあった、ヤメ検の古畑氏。それがなぜ「刑務所弁護人」となったのか?
 1993年、長野県飯田市に生まれた。早稲田大学法学部、同大学院を経て検事に任官したのは1960年だった。公安畑の検事として歩み、連合赤軍のあさま山荘事件の捜査にもかかわった後、札幌高検次席検事、鳥取地検検事正などを経て、最高検総務部長から公判部長を最後に退官。8年間、公証人を務めた後に、2003年に弁護士登録した。
 公証人時代のことだった。ある大型経済事件で実刑判決が確定した社長が古畑氏を訪ねてきた。聞けば、収監や受刑について、どう対応すればよいかという相談だ。判決が確定した受刑者は、確定していない未決の収容者とどう違うのか。どこの刑務所に行き、どんな処遇が待ち受けているのか。そんな、素朴な疑問だった。
 なぜ、社長が古畑氏を頼ってきたのか? それは先には書かなかった経歴にある。法務省保護局護局長、総務課長という、矯正や更生保護の「立ち直り」を支援するポジションを二度も経験しているのだ。
「裁判のことなら、弁護士に聞けばわかります。拘置所も弁護士が接見などに行きますから、ある程度の情報はあるでしょう。しかし、刑務所となれば関わりのある弁護士は極めて少ないのです」
 古畑氏は社長に、できる限りのアドバイスをした。そして、弁護士になろうかという時に、相談に訪れたのが、角川氏だった。それが口コミで広がったのか、古畑氏には数多くの依頼、相談が届くようになった。
「法務省保護局で仕事をしていた時でした。私が検事時代に取り調べ、膨大な調書を作成した、連合赤軍事件の受刑者の仮釈放の資料を見た。受刑態度は極めて良好とあり、うれしかった。この受刑者、取り調べでは革命戦士だと自ら名乗り、検事の私に戦いを挑まんばかりでした。事件当時は大学生の年代。矯正や更生保護も検事に大きな権限が与えられている。こういう分野の方が、向いているのではないのかなと感じていたのです」

受刑者に渡される事細かい書面

 古畑氏に「刑務所弁護人」を依頼する場合、最初に委任状が手渡される。
〈刑の執行(刑の執行停止を含む)に伴う関係機関との折衝〉〈受刑期間中における人権の擁護〉〈受刑期間中における矯正処遇に対する協力〉〈受刑期間中における重大な利害に係る用務の処理にための面会〉〈仮釈放の促進〉〈恩赦の出願〉
 などの項目が並ぶ。通常、弁護士が刑事や民事事件で作成する委任状とはまったく違う。次に渡されるのが、
〈施設に入所するあなたへ〉
 というタイトルの「刑務所マニュアル」のような書面だ。A4サイズで5枚からなり、実刑が確定してから収監への流れ、スケジュール、心構えから持参するものまで実に細やかに書かれているのだ。
〈刑の執行時期についてです。
 上告棄却決定に対する異議申立てが棄却されますと、おおむね1~2週間後に管轄高検から検察官名義の刑執行のための呼出状が送られてきます。呼出状には、出頭すべき日として3週間くらい後の日、出頭先として管轄高検検務第2課と指定してあるのが一般的です〉
 などと、専門書やインターネットでも容易には調べられない内容が記されている。
 とりわけ、出頭前には健康状態を徹底してチェックすること。特に歯の病気には要注意だという。そして、刑務所での受刑についてはこうある。
〈衣食住すべてにわたって生活が大きく様変わりするのですから、カルチャーショックはやむを得ないことです。端的にいって、この問題については、割り切って付き合うほかありません〉
〈施設内では、それまでの社会常識は通用しませので、御留意ください〉
〈施設内の生活には,細かな決めごとがあり,その違反が懲罰の対象になることがあります。例えば,タオル1本を洗うにも,決められた時間に決められた方法でやらなければいけないのです〉
 そして面会の方法、手紙など通信の回数、持参する薬など細かに解説。そして、アドバイスは受刑者ではない家族や関係者にまで及ぶ。
「私も最初からここまでアドバイスができたかといえば、そうではない。経験を積み重ねて、なにが求められているのか、何十人もの方のお世話をさせていただき、こういう書面が作成できるようになったのです」(古畑氏)

鈴木宗男氏の食道がんを発見

 とりわけ、受刑者の問題として相談が多く寄せられるのは、健康問題だ。いわゆる「ムネオ疑惑」で徹底的に争ったが、服役を余儀なくされた鈴木宗男氏。2010年9月に実刑判決が確定後、食道がんであることがわかった。疑惑の渦中、2003年にも、胃がんを発症していた鈴木氏。古畑氏のアドバイスもあって徹底した健康チェックをしたところ、判明したのであった。
 鈴木氏はすぐに手術。2010年12月に受刑がはじまった。古畑氏は、鈴木氏が収監されるまでの間に、主治医との調整に奔走した。重視したのは主治医の意見書だった。
〈最新の施設で、専門である主治医の診断が必要〉
 という内容が記されていた。
 鈴木氏は、栃木県の喜連川社会復帰促進センターで受刑中、複数回、外部の病院で専門医による診断、検査を受けることができた。
「弁護士の指示だと、診断書を収監時に持参する方がいます。しかし、診断書というのは病名など簡単なものが多い。専門家、主治医に依頼して、意見書としてもらい詳細に病状を記してもらうことが大切です。鈴木氏の場合、専門医、主治医の最新の施設で専門的な治療が必要だとの診断が、刑務所に理解されたと思う」
 と古畑氏は、振り返る。
 一方で、収監前に検査をしたが重病がわからず、急変した受刑者もいる。2014年夏、古畑氏は中国地方の刑務所の受刑者の依頼を受けていた。刑務所に移送され間もなく、体調不良を訴え肺がんが判明した。
 古畑氏は、すぐに刑務所の所長と検察官に宛てて「刑の執行停止申し立て予定」という文書を、FAX送信して刑務所に飛んだ。帯同したのが、主治医。受刑者と面会をした主治医は、病状がかなり深刻であることを把握。刑務所の施設内で治療は困難、早急に化学療法を受けられる外部の病院に入院するようにと診断を下した。
 だが、受刑者を受け入れてくれる病院はそう簡単に見つからない。古畑氏や受刑者の家族が奔走した結果、東京の大学病院が受け入れを認めてくれた。そこで古畑氏は病院長に受け入れの「誓約書」の作成を依頼し、交付を受けた。それを添えて松江地検に「刑の執行申立書」を送付。肺がんとわかってから40日ほどかかったという。
「よく刑務所で体調が悪ければ執行停止を申し立てればいいというがまず認められない。昨年1年間でもほとんど例がない。私が過去に執行停止を認めてもらった時も、完全に手遅れで亡くなってしまった。それほど厳格。さまざまな書面を二重、三重にこれでもかというくらい出す。この受刑者の場合、島根から東京に戻り、入院した時点ですぐに東京高検に病状を報告、緊密に連絡を取りました」
 と古畑氏は言う。受刑者は、年が明け、病状が進み助かりそうもないことがわかり、今年2月に亡くなった。古畑氏は、東京高検に電話で死亡を報告。後日、死亡したことを示す戸籍謄本、死亡診断書を送付。そして、この受刑者は所得税法違反、関税法違反で実刑判決だった。億単位で未納となっている税金や罰金があった。
「遺族がとても支払える金額ではない。相続放棄をしてもらい、様々な書類を集めて区役所、税務署、税関などを歩き回り、ようやく仕事が終わったのは亡くなられてから半年ほど経過していました」
 と話す古畑氏。「刑務所弁護人」の仕事は実に広範囲だ。
「ご葬儀の席でご家族から『お正月が一緒に過ごせて幸せでした、先生のおかげです』とお礼がありました。お役に立てよかったなと」
 古畑氏は言う。

最も多い相談は仮釈放に関すること

 古畑氏の元に届く最も多い相談が、仮釈放だ。前掲〈施設に入所するあなたへ〉でも、仮釈放についての流れや仕組み、身元引受などが詳細に解説されている。
 法務省の保護統計によれば2014年に3年以上5年以内の初犯受刑者が仮釈放になるには、刑期の80%から90%を服役して認められるのが約半数。70%台となれば20%ほど。そこが目安となる。
「私が受任した受刑者、たいてい初犯で、経済犯や鈴木氏のような政治的なもので、刑期で言えば2年から5年くらいの方が大半。しかし、上告審までで徹底的に争っていて仮釈放には不利ととかくみられる人もいます。70%台、いや60%台で出所できることを目標してまじめに受刑せよとハッパをかけ、刑務所に送り出しますね」(古畑氏)
 その際、手渡されるのが、古畑事務所の美人事務員が独自に作成した「刑期計算表」。収監されて、どれくらいの期間、どの程度服役しているのか、ひとめでわかる優れものだ。
 古畑氏は、おおよそ刑期の50%の受刑したタイミングをメドに刑務所の所長と仮釈放の担当となる、管轄の地方更生保護委員会に宛て早期の仮釈放を陳情する、上申書を送付。ここが古畑氏の腕の見せ所。受任している受刑者のほとんどが最高裁まで徹底して争っている。一般的に、最高裁まで行くと「反省がない」と仮釈放には不利とみられている。上申書でいかに「改悛の情」を伝え、理解を得ることができるのかがポイントとなる。
〈犯罪の成否を巡った最高裁判所まで争ったが、刑が確定してからは、国法に従い潔く刑に服するとの心境で判決内容を厳粛に受け止め、これと真摯に向き合い、自己の至らざる点を虚心に反省している〉
 とは古畑氏がある受刑者の上申書に書いた一文だ。そういう時に生きるのが、長く検事を務めたキャリアとノウハウ。
「役人に訴えかけ、読ませる書き方」があるそうだ。
「受刑者がいかに社会に貢献できるか、早く出所することが社会のためになると上申書作成には、腐心します。特別な例では、鈴木氏の時は、国会議員153名の署名を提出。堀江氏の場合はインターネット署名約4000人分をプリントアウトして添付した。普段から刑務所と信頼関係を築くようにしてきた。そういう点も刑務所が仮釈放にあたって、加味してくれていたのかもしれない」
 そんな古畑氏のサポートもあってか、鈴木氏は刑期のうち71%、堀江氏は73%の服役期間と、比較的、早期の仮釈放となった。
「服役する刑期が、驚くほど短くなると勘違いして私のところにお見えになる方もいらっしゃる。そんなことは全くありえません。いくら上申書を出そうが、外からいろいろやろうが、最後は受刑者本人。私はあくまで、寄り添いです」

●鷲見一雄のコメント
「有罪が確定しても、ご本人の闘いは続く。この自覚に欠ける人が多い。古畑弁護士は専門知識と豊富なデータを持つ、まさかの時に頼りになる弁護士だ。何が本当に相談者のためになるか、の判断が的確であり、親身になる弁護士だ。依頼者に正確な現状認識をさせ、闘う、耐える意欲を起こさせる弁護士といえる。今西氏の記事を読んで嬉しく思った。」


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